“Mr.タイガー”、アル・ケーライン
アル・ケーライン（Albert William “Al” Kaline)、現役22年間をデトロイト・タイガース一筋、”Mr. Tiger”と呼ばれた。史上最年少となる20歳で首位打者となり、ゴールドグラブ賞を10回にわたって受賞するなど、走攻守のいずれにも秀でた実力を遺憾なく発揮した。
バートは、デトロイト郊外で不動産屋を経営している。毎朝の日課がはじまる。回転椅子を右にまわして、サイドテーブルの卓上計算機と向き合い、2つの数字を打ち込む。ニクソン大統領の在職2期分の総日数と、本日までの在職日数だ。そして、もう一つのボタンを押すと、その経過日数のパーセンテージが映し出される。つぎに、かれはそれをご破算にして、9345と2806と数字を打つ。
金曜日の朝から最初の数字は7増え、後の数字は1増えている。ケーラインが週末の対ツインズ戦で7打席1安打だったのだ。本日現在ケーラインの大リーグ通算打率は0.3000267である。かれはためいきをついて数字を消し、電話に手を伸ばす。仕事開始だ。
著名な口腔外科・シャピロ、大手集金会社の副社長・マックス、そしてバート。3人のタイガース・ファン。バートは2人を招いて、対オリオーズ戦をテレビで見やっている。
「最初からわたしはタイガース・ファンであって、それ以外のものじゃない」
と、マックスはかつていってのけた。3人はくつろいで、ゲームにこころなごませている。4−1でタイガースがリードしていてなんの不安もない。ただ一つ、バートが気になっているのは、ケーラインの打率だけが気がかりなのだ。それが2打席凡退で、数字はついに0.2994788へすべり落ち、アル・ケーラインはもう終身3割打者ではなくなった。悲しいことだ。今年がケーライン最後の年になるかもしれないのだ。（「アメリカ野球 ちょっといい話」ロジャー・エンジェル著 村上博基訳 集英社刊）
1934年、米東部メリーランド州ボルティモア生まれ。家は貧しかったが、箒(ほうき)メーカーで働く父親がセミプロ野球チームでプレーしていたためか、幼少時より少年野球をはじめ、主に投手をしていたらしい。
しかし、ケーラインが8歳のときに左足に骨髄炎を発症してしまい、その患部を除去する手術を受けたために、終生左足にハンデを抱くことになってしまう。さいわい投手であったことから、左足に負担がかからずに少年時代を過ごせたという。これは慢性的な病気で左足から感染した骨を除去する必要があり、この病気により、現役時代も含めて生涯にわたり左足の痛みに悩まされ続けることになる。
地元のボルチモア・サザン・ハイスクール時代に投手から外野手へ転向し、華奢だったが天性の強肩と俊足を買われ、卒業と同時に3万5000ドルの契約金でタイガース入団。マイナー経験なく18歳にしていきなり大リーグでデビューした。
入団直後に、とんだハプニングもあった。本拠地ブリッグス・スタジアムの選手控室に入ろうとしたところ、選手とは思えないほど若かったために、警備員に押しとどめられたことなども、公式戦への登場が異例の出来事であったことを物語る。
1954年に“打撃の神様”テッド・ウイリアムズから直接指導を受け、リストを強くし、体重を約9キロも増加。その効果もあってか、翌年ア・リーグ1位の打率・340を残し、史上最年少で首位打者を獲得。一躍スターダムにのし上がった。また、背番号も新人時代は「25」をつけていたが、その翌年より「6」をつけることになる。
前任者の怪我により19歳でライトのレギュラーに。前半戦はあまりも悲惨な成績だったが後半戦は好成績を残し、ライト守備でもMLB全体のライトでNo.1の守備成績を残した。また、シーズン後には、高校時代からの彼女と結婚。
1955年、20歳のケーラインは152試合に出場、同年のオールスターゲームにも初出場し、この後1967年まで連続出場する。そして、シーズン終了時のケーラインは打率.340・27本塁打・102打点・200安打の成績を挙げ、メジャーリーグ史上最年少の首位打者となり、これがケーライン唯一の打撃タイトルである。メジャー史上最年少首位打者は、チームの大先輩タイ・カッブとわずか1日差であった。また、MVP投票でも同年受賞したヨギ・ベラに次ぐ2位投票数を獲得した。
翌1956年も前年の勢いで打率.314・27本塁打・128打点をマークするほか、守備でも18補殺を記録した。1957年、新たに創設されたゴールドグラブ賞を初受賞し、さらに1958年にも23補殺をマークする。元タイガース監督、フレッド・ハッチンソンに、こんな言葉が残っている。
「ケーライン抜きでいい外野は組めない。この世界で最高の外野手であり、18歳のときから今日までずっとそうなのだ。あの若者は外野をプレーしていて、決して間違いをやらない。いつでもどの塁へも真っ直ぐに投げられるし、送球してリレーマンを外すことはしない」
こんなプレーもあった。1950年、対インディアンズ戦のこと。低いラインドライブの打球がケーラインの守るライトにとんできて、かれは前進また前進でダイビング・キャッチを試みたが、ひとつ遅くアウトにできなかった。打者は二塁に向かった。ケーラインは後ろにのけぞり、点々としている球を拾った。上体だけを起し、腰をついたまま二塁に送球した。間に合って、アウトだ。反応が早かっただけでなく、肩が無類に強かったのだ。これを、ライフル・アームと呼ぶそうな。ケーラインの決まった形容語句なのだ。
しかし、一躍大スターとなったものの、1956年はプレッシャーと足の怪我により成績が低下。1959年も続いて、打撃成績は伸び悩みを見せた。また、この頃にはオーナーと契約更改で揉めたり、記者やメディアとの関係が悪化して、イメージも悪くなっていたようだ。
1959年、センターのレギュラー選手の故障によりライトからセンターにコンバート（1961年にライト復帰）。守備成績は低下したが、ミッキー・マントルを抑え、攻撃面での評価をしめす打撃指標数(OPS)でリーグトップに。この時ですら、まだ24歳だった。
1962年には、開幕から36試合で13本塁打を記録。キャリアベストの成績を残す勢いだったが、36試合目のヤンキース戦で守備の際に打球に飛び込み鎖骨を骨折。約2ヶ月欠場。復帰後は少し調子を落としたものの、最終的に100試合で29本塁打。
1963年～1965年は毎年幼少期より患った左足の骨髄炎からくる痛みに大いに悩まされ、1964年シーズン終了後に左足の整形手術を受けることになる。
「わたしの骨は腐っている」
と、よく話していたらしい。現役時代に3回も手術を受けているが、ついに完治しなかった。守っていてしばしば激痛に襲われたが、我慢してプレーを続けた。1965年ときは、足に大きなコブができ、医師に特別のスパイクを考案してもらい、プレーを続けたが、
「まるで大理石の上を歩いている感じだった。1試合だけでよかった、2試合出ていたら翌日引退するハメになっていたただろう」
相も変わらず、こんどは手を骨折するなどの怪我によりフル出場は不可能だったが、1966年～1967年は打撃だけは第2の全盛期を迎えた。
この年以降は怪我との戦いが多く、1967年夏にバットのラックに手をぶつけて骨折、翌1968年は腕を骨折して2か月も戦線離脱を余儀なくされた。ただ、この頃から守備に劣化が見えはじめ、1968年からはファーストでの出場機会も増加。
しかし、ケーラインの低成績にも関わらず、残されたチームメイトらの奮起やメイヨ・スミス監督の適切な起用もあって、チームはアメリカン・リーグ優勝を果たす。待ちに待ったワールドシリーズに出場することになる。右腕デニー・マクレーンが30勝をあげる快挙を成し遂げた。すると、監督のメイヨ・スミスはケーラインをレギュラーとして、ライトで出場させる勝負手にでた。ボブ・ギブソンようする強力投手陣のセントルイス・カージナルスが相手だ。
最初で最後のワールドシリーズ出場となったケーラインだったが、スミスの起用にこたえ、7試合で打率.379、2本塁打、大活躍を見せWS優勝に貢献した。1勝3敗と王手をかけられながら、第5戦で7回満塁のチャンスに逆転打。これで勢いに乗り、第6戦は4打数3安打4打点の活躍ぶり。第7戦はミッキー・ロリッチがボブ・ギブソンに投げ勝ち、まさかの逆転優勝で1945年以来となる世界一となった。
開幕から35試合までに打率.345・13本塁打・38打点と出足好調だった1962年だが、5月26日ヤンキース戦の試合中に鎖骨を骨折して、この後57試合欠場という長期離脱を余儀なくされた。それでも、復帰後はシーズン終了までに100試合出場して29本塁打・94打点を挙げており、同年のシーズンオフは日米野球に参加（タイガース単独チーム）して来日している。
1971年、年俸更改でケーラインはタイガースの選手として初の100,000ドル (現在のレートで631,306ドル)をチームより提示されるが、自身はこれを固辞し、95,000ドルから100,000ドルの間を希望する。これには前年の1970年シーズンの打率.278・21本塁打しか挙げていなかったことが一因だったという。
1974年は前年より導入された指名打者としてすごし、通算3000本安打＆18度目のオールスター選出を果たした。同年9月24日、故郷ボルチモアでのボルチモア・オリオールズ戦にてデーブ・マクナリーから二塁打を放って通算3,000本安打を達成。達成後に、今シーズン限りの現役引退を表明する。その後最終戦となる10月2日までに通算3,007安打をマークして、現役を引退した。大学進学を迎える息子との時間をつくりたかったためといわれている。
ケーラインの残した記録のうち、2,834試合出場、1,277四球、399本塁打はタイガースの球団記録で、とくに本塁打はあと1本で400本塁打となっただけに惜しまれた。あと1本塁打を放っていれば、MLB史上10人目となる400本塁打＆3000安打達成者となっていたことを言及し、
「私のキャリアのすべてで、タイガースの選手としてプレーしたことを誇りに思う」
とだけ、当時のケーライン氏のコメントを紹介。名実ともに、タイガースを代表する選手だった。
エピソードを一つ。ケーラインがタイガースにとって不可欠の選手であったことは、サンフランシスコ・ジャイアンツからケーラインの譲渡を打診されたさい、ゼネラル・マネージャーであったジム・キャンベルが見返りとしてウィリー・メイズ、ホアン・マリシャル、オーランド・セペダの3選手を要求した。すなわち、タイガースとしてはケーライン1人の価値は、いずれもジャイアンツだけでなく球界を代表する3選手に相当すると考えていた。
ケーラインはけっしてスーパースターでも、真のスラッガーでもないが、つねに能力の限界に近いプレーができる選手だった。かれが人々にいだかせた敬慕の念は、信仰ともいえるほど熱烈だった。かれの終生のファンでもある大学教授は、
「フィールディング、スローイング、ランニング、一瞬の判断、走者を進めること、球を打つこと、何をやらせても
完璧でした。かれがいなくなったのは、残念です。おそらく完全無欠の野球選手は、かれが最後でしょうから」
といった。
引退の翌1975年から、2002年までジョージ・ケルらとともにタイガース戦の中継放送に関わり、退任した後はタイガースの球団特別顧問・アドバイザーとして、後進の指導をおこなった。1980年に記者投票にて、殿堂入りを果たす。同年、殿堂入りを記念して、古巣タイガースはケーラインの背番号『6』をタイガース初の永久欠番に指定した。
入口に白い虎の像のある現本拠地、コメリカ・パークにあるケーラインの銅像は外野守備の名手らしく、外野フェンスに寄りながら捕球する姿となっている。2020年4月6日、85歳没。
